
コンテキストエンジニアリングは狭すぎる。ハーネスエンジニアリング時代に必要な「会社の文脈」
2026/05/15
こんにちは、おぐりんです。
AI推進をされている皆さまとお話をする中で感じていることがあります。
それは、コンテキストエンジニアリングという言葉が、少し狭く捉えられすぎているのではないかということです。
もちろん、AIに良い出力をしてもらうために、必要な情報を渡すことは大事です。プロンプトを書く。社内資料を読ませる。マニュアルを渡す。これらは全部、意味があります。
ただ、企業でAIを使うときに本当に問題になるのは、そこだけではありません。
AIに渡すべきコンテキストは、資料やルールだけではなく、その会社の判断基準、価値観、暗黙知、道徳観まで含むはずです。
ここを見落とすと、AIは賢いのに、なぜか会社の意思決定に合わないものになります。
コンテキストを「情報」としてだけ見ると、AI活用は浅くなる
コンテキストエンジニアリングという言葉は、今のところ「AIにどんな情報を渡すか」という意味で語られることが多い印象があります。
たとえば、業務マニュアル、過去の議事録、顧客情報、社内ルール、参照ドキュメント。
これらをAIに渡せば、AIの出力はよくなる。これはその通りです。
でも、僕はそれだけだと、会社で使うAIとしてはまだ弱いと思っています。
なぜなら、会社の意思決定は、ドキュメントに書かれた情報だけで行われていないからです。
実務では、「これは勝手に進めていい」「これは一度確認した方がいい」「これは効率が悪くても守るべき」といった判断が常に発生します。
そして、その判断基準は、意外と明文化されていません。
本当に渡すべきなのは「会社の文脈」です
たとえば、誰かに「デスクトップをきれいにしておいて」と頼んだとします。
人間同士であれば、多くの場合「勝手にファイルを消すのはまずい」と分かります。必要そうなものは残す。判断がつかないものは確認する。
これはマニュアルに書かれていなくても、ある程度共有されている道徳観です。
でもAIに同じことを頼むと、「きれいにする」という言葉を、不要なものを削除することだと解釈するかもしれません。
このとき起きているのは、AIの能力不足ではありません。
前提が揃っていないだけです。
つまり、AIに仕事を任せるというのは、単に作業手順を渡すことではありません。
その会社における「何を勝手にやってよくて、何は確認すべきか」という判断基準まで渡す必要があります。
僕はこれを、狭義のコンテキストではなく、会社の文脈として扱うべきだと思っています。企業のAI活用で必要になるのは、その外側にある会社の文脈です。業務、組織、人、道徳観。これらがつながって初めて、AIは会社らしい判断に近づきます。

ハーネスエンジニアリングは、会社の文脈を動かすための器になる
ここで、最近出てきているハーネスエンジニアリングという考え方も関係してくると思っています。
ハーネスという言葉は、AIを安全に、安定して、実務で動かすための周辺設計として使われています。
ツール連携、権限管理、ログ、検証、フィードバックループ、実行環境。こうしたものを整えることで、AIエージェントを業務で使える状態にしていく。
この考え方自体はかなり重要です。
ただ、僕はここでもう一段踏み込みたいです。
どれだけハーネスを整えても、その中に入れるコンテキストが狭ければ、AIの判断は会社に合いません。
優秀なシェフに高級なキッチンを用意しても、そのシェフがどこの出身で、どこで修行し、何を美味しいと感じる人なのかが分からなければ、その店らしい料理にはならない。
AIも同じです。
ハーネスは、AIを動かすための器です。
でも、その器に入れるべきものは、単なる資料ではなく、会社の文脈です。
ナレッジマネジメントは、情報共有からコンテキスト共有へ変わる
これまでのナレッジマネジメントは、どちらかというと「中央にある情報を、いかに末端まで浸透させるか」という発想が強かったと思います。
Notionにマニュアルを作る。議事録を残す。社内ルールを整備する。もちろん、これは今でも大事です。
ただ、AI時代にはそれだけでは足りません。
実際の意思決定は、ニュースへの感じ方、教育観、仕事観、好き嫌い、過去の経験、何に違和感を持つかといった、かなり曖昧なコンテキストに影響されています。
たとえば、同じ政治ニュースを見ても、人によって受け取り方は違います。その違いは、日常のビジネス判断にも確実に影響しています。
でも、そういう情報は正式な社内ナレッジにはほとんど残りません。
だから、組織のカルチャーや判断基準は、分かっているようで実は共有されていないことが多い。
これからのナレッジマネジメントは、単に情報を整理することではなく、会社の中に散らばっている文脈を、AIが扱える形に編集して流通させることに変わっていくと思います。
「どうでもいい情報」が、会社の判断基準を作っている
ここで面白いのは、一見ビジネスと関係なさそうな情報ほど、その人や会社のコンテキストを表すことがあるという点です。
たとえば「小学校は私立に行かせるべきか」という問い。あるいは「移動のコストが下がると、人は幸せになるのか」という問い。
これらは業務マニュアルには載りません。
けれど、そこに出る価値観は、採用、商品設計、顧客対応、投資判断に影響します。
AIに会社の仕事を任せていくなら、業務データだけではなく、こうした判断の背景も重要になります。
もちろん、すべてを収集すればいいという話ではありません。プライバシーや心理的安全性の問題もあります。
ただ、少なくとも「会社のコンテキストは、決定事項やマニュアルだけでできているわけではない」という前提は持った方がいい。
むしろ、日常の雑談、違和感、ニュースへの反応、写真、好きなもの、なぜか選んでしまうもの。そういう断片が、AI時代の組織理解では価値を持ち始めると思っています。
AI活用の次のテーマは、会社の道徳観をどう渡すか
最後に、僕がかなり重要だと思っているのが道徳観です。
AIに任せられるかどうかは、能力だけでは決まりません。人間に仕事を任せるときも同じで、その人の判断基準や倫理観を信頼できるから任せられるわけです。
AIにも同じことが起きます。
一般的な安全性だけではなく、その会社にとっての「勝手にやっていいこと」「必ず確認すべきこと」「多少非効率でも守るべきこと」をどう伝えるか。
ここを整えないままAI導入を進めると、現場は便利さと不安の間で止まります。
AIに任せるとは、会社の道徳観まで渡すことです。
逆に言えば、会社の文脈と道徳観を整えられた企業は、AIにかなり深い仕事を任せられるようになるはずです。
まず整えるべきなのは、狭義のコンテキストではありません
AI導入というと、どうしても「どのツールを入れるか」「どんな研修をするか」「どの業務を自動化するか」に目が向きます。
最近は、そこに加えて「コンテキストを整えよう」という話も増えています。
ただ、そのコンテキストが資料やプロンプトだけを意味しているなら、まだ狭いと思います。
本当に整えるべきなのは、会社の文脈です。
AIに何を渡せば、自社らしい判断ができるのか。何を渡していないから、AIの出力がズレるのか。どの情報は言語化できていて、どの情報はまだ暗黙知のままなのか。
ここを見ずにAI導入を進めると、便利なツールは増えても、会社の意思決定はあまり変わりません。
Aidiaでは、AI研修やAI顧問、AI導入支援の中で、単にツールの使い方だけではなく、その会社の業務や判断基準に合わせたAI活用を一緒に設計しています。
AIを入れたのに現場で広がらない。AIの出力がなんとなく自社に合わない。そう感じている場合は、ツールやプロンプトだけではなく、会社の文脈の問題として見直してみると、かなり整理しやすくなると思います。














